師匠と友人のMのトップ向けのタックルに衝撃を受けた僕は、
もう当然のようにトップのタックルを買った。
タックル選びは楽しくも悩ましい物だった。
散々迷ってグラスアイのロッドとチャンピオンタイプのグリップにした。
緑色のロッドに、こだわりでガンタイプのコルク、
2500Cに合わせたシルバーのグリップだ…
初めてセットした時の感動は今でも鮮明である。
本当に嬉しかった。もう日本一カッコいいと思ったんだ。
 
さて…タックルまでは順調に来た。でもルアーは中々思うようにいかなかった。

それまではMや師匠にもらったルアーだった。
福袋の残り物のクランクとかバイブレーションだったりする奴。
師匠のバルサ50が欲しかった、が、世の中は空前のバスブームとかで何処にも売っていなかった。
ZEAL、50、カッコいいルアーは雑誌では見るが実物なんて売っている所を見た事がなかった…
そんな時、ひょんな事でウッディーベルの「オールドブロンズバッカー」というルアーを買う事ができた。
 自分の記憶にある限り、これが最初に自分で買ったルアーだ。
ウッディーベルってメーカーもぼんやり聞いた事がある程度でルアーの種類なんて知らなかった。
でもブロンズバッカーはとても素敵なルアーだった。
クラシカルな外観、とてもキレイなカラー、そして何より生きて見える様なグラスアイにしびれた…
小さな箱に入ったそいつを毎日、ことある毎に取り出してうっとりと眺めるようになった。
ルアーっていいなぁ~ 
大袈裟でなく心よりそう思った。こういう趣味を見つけてとても幸福だと思った。
こうやって僕はルアーにも夢中になった。
da-ta-
 
タックルは揃った!! そう、あとはバスを釣るだけだ…
春真っ盛りになっていた。トップの初釣行がもう間近に迫っていた…
 
いよいよ初釣行の日、僕は朝からそわそわしていた…
ロッドとリールはもちろん持った。タックルボックスはこの日の為に買ったプラノだ。
まだ春でゆっくりでも大丈夫との事でそんなに早くなかった。
 師匠が迎えに来てくれる事になっていた。 約束よりちょっと早い時間に師匠は現れた。
いつものシーマ(扁平の極太タイヤにホイールの…)に ジョンボートを乗っけていた。
シーマに付けるキャリアーってあるんだ?っていつも思ってたやつだ。
「早いやん!」家の前で立って待ってた僕をみて師匠はニヤリと笑った。
「何処に行くん?」
荷物を積み込んで、すべすべのシーマの革シートに座りながら僕は聞いた。
「東条川がええ思うねん」
「この辺でフルサイズのプラグに出んのはあっこぐらいやし、めっちゃ引くでぇ」
それから釣り場まで色んな話をした。
車もそうだけど師匠には不良っぽいイメージがずっとあった。
でも本当は違った、人生に対して、仕事に対して、そしてバス釣りに対して、とてもまじめだった。
今まで一人か、会社の同僚と釣るかだけだったみたいだ。
素直に同級のトップの釣友が出来たのが嬉しいらしい。
「ほんまトップやってくれて嬉しいわ」って何度も言った。
不思議だったけど悪い気はしなかった。
それから僕が聞き役で昔のバス釣りの話をした。
全盛期の加古川の話…投げ損なって岸に落ちたビッグラッシュにバスが食いついたそうだ。
ふた昔前の東条湖…50オリジナルが引っかかって泳いで取に行ったそうな。
昔はよく釣れたらしい。 普段は無口だけどバス釣りの事はとてもよく喋った。
そして僕はそんな話を聞くのが大好きだった…
 
この辺ではここしかない!という釣り場は川を堰堤でせき止めた上流だった。
橋桁に車を止め、ボートを降ろしてエレキやバッテリーの準備をした。
ワクワクする作業だった。 僕は野田知佑が好きでファルトボートをやってたんで、
久しぶりの水面だった。とても気持ちがいい。
それにしてもジョンボートの安定感とエレキの便利さには感心した。
これは病み付きになる予感がした。
師匠がエレキの操作をし、僕はボートの本当の突先に腰かけた。
そして以後、これが僕らのスタイルになった。
チョロチョロっとある下水の流れ込みの手前で師匠がボートを止めた。
結構距離があるように見えた。
「トップは沖から岸へ投げるねん」
「ああいう流れ込みとか、木の陰とか、岩とか、そんな所のキワに投げんねん」
「手前はアカンで…ポイントから30cm以内でないと苦しいで」
「投げたら静かになるのを待って動かすねん」
「動かし方は?」と僕は聞いた。それは実地でこれからやって見せてくれるという。
師匠はフィリプソンを振りかぶって、ビッグラッシュを投げた… 
フィリプソンは惚れ惚れするようなしなりを見せて弧を描き、ビッグラッシュが飛んで行った。
フライでもライナーでもなくポトンとビッグラッシュは土管のすぐ横に落ちた。
「ええ? 糸ふけを取ってロッドでチョンってやると横向くやん?」
「そしたら続けてスケーティングさすねん」 師匠のやったアクションは衝撃だった…
まるで生き物のように、蛇のようにウネウネとルアーが動いた。
「ホンマは途中でポーズを取るんやけど…、糸は常に巻き取るねんで… あっ!!!!」
蛇のように動いていたビッグラッシュに「ボシュッツッ」とバスが出た! 
全く予期していなかったバイトだ。
師匠もびっくりしたが、僕はもっとびっくりした! 
あっけなくバレたけど、まだ胸がドキドキしていた…
でもチラリと見えたバスとペンシルの動きは強烈な印象を受けた。

ボクモコレデツリタイ…

痛烈にビッグラッシュが欲しいと思った。
でも持ってない。だから少しだけ似ていたバチ物のペンシルを使った。
woddy totoなる安いハンドメイド?のルアーだった。
たしかスケーティングが得意とかパケに書いてあった。
piratta
(その時の現物はとっくにロスト…これはその後入手した別物。今ではこっちの方が欲しい)
 
人生初のトップキャストは覚えていない。
ルアーが隣の師匠に引っかかるんじゃないかと心配したのは覚えている。
投げて動かすの時に頭にあったのは先ほどの師匠のビッグラッシュだ! 
でも足元にも及ばなかった…
(この動きは今でも僕の心に残ってて、絶対に越えられないのではないかと思う)
その後、バイトは無くしばらくは黙々とキャストをした。
僕はルアーを何度も何度も岸に引っかけてしまった。
その度に師匠は嫌な顔一つせず外しに行ってくれた。 
でもその内にだんだんとコツが解って引っかからなくなった。
暖かい春の日だった。ボートに揺られながら、
ヒバリがピーチクピーチク鳴き、どこかでウグイスも鳴いている…
「気持ちええなぁ~ バス釣りってええなぁ~」本当に本心から出た言葉だった。
「ええやろ?」 「色々やったけどバスが一番ええわ」
「いつでも言うてや、毎週でもええで」と師匠は言ってくれた。 
 
上流の折り返し地点を過ぎて、今度は反対岸を打つようになった。
僕は右手側が開くので投げやすくなった。
練習の意味でずっと同じwoddy totoを使っていた。
師匠は僕が投げるたびに「ええ所に入った」とか言ってくれた。
でもちょっとダレてきて元気が無くなった頃だ、 下りの折り返しのすぐ後、
何げなく投げたルアーが川にせり出した竹藪の根元にズボッと入った。
師匠は今度は本気で「ええ所に入ったで」と言ってくれたような所だった。
ただ暗くてルアーが見えなかった。
動かそうとするとルアーが動かなかった。
「あかん引っかかった・・」そう言って外しに行こうとした時、
水面がムワンと盛り上がった! 「・・・?」あれ、なんか変だぞ。 
「釣れてる!!」いきなり師匠が叫んだ。
「早よ巻け! 竿立てて! 早よう!!」 
竿が満月のようにしなった。折れる?そう思った…
必死で巻いた。とても重く感じた。その時バスがジャンプした!! 
仰天した!! 頭が真っ白になった。
「でかっ!? ばらすなよ!!」 師匠も興奮していた。 
ゴンゴンッという感じでバスが強力に引いた。
リールを必死で巻いて、バスは何とか船べりまで来た。
「そのまま抜きあげや!!」と師匠が叫んだ。 何も考えずバスを抜きあげた。
異様に重く感じたそいつはボートの中を転げまわって、やがて大人しくなった。
「やったなぁ~めっちゃええバスやで」と師匠がニコニコしながら褒めてくれた。
僕は初めてバスを見た…凄い!が最初の感想だった。
チヌみたいだ! 筋肉隆々として見えた
エラをパクパクさせいるそいつは凄く大きく見えた。
「持ってみ…針に気を付けや」恐る恐る口を持った。
また暴れた、口は分厚くてザラザラしていた重かった。
そしてどうしても手が震えた…
生まれて初めて見て、釣ったバスはとても大きく見えた。
師匠が測ってくれたサイズは42cmだった。
「ナイスバスや! 最初の一匹がランカーかいな。 悔しいなぁ~ワイも釣りたいわ」
師匠は笑って言った。ようやっと心が落ち着いてきた。でもまだ手は少し震えていた。
「めっちゃ引いた…」つい言葉にでた…
「ここのバスは川バスやからめちゃ引くねん」
「また途中で流れにのったらもっと引くで」と師匠は言った。
この後、師匠が悔しくなったとの事で、もう一度上流まで行き、
再度流してみたが全くバイトもなかった。 川バスは気まぐれで急に釣れなくなったりするそうだ。
そんな話を夢うつつで聞いていたような気がする。
大変だ!…このルアーをたくさん買わないと…、ボートも欲しいし、えらい物にはまってしもた…
心の中でそんな事を考えながら、そして満ち足りた思いで家路についた。
 
このバスを釣った後、僕は完全にバス釣り中毒のようになった。
給料のほとんどを道具につぎ込み、師匠と共に毎週のように釣りに行った。
あれから25年以上が過ぎた。随分と生活環境も変わった。道具も変わった。師匠とも合わなくなった。
でもあの時にバスに対して思った「凄い魚」という意識は今でもかわらない。
ルアーという奇天烈な物に反応し、かかっても最後までファイトする凄い魚…
そして本当に大切な趣味を見つけたという思いも今も変わらないんだ。